昨夜帰宅すると娘がしかめっ面で宿題していた。宿題は詩を一編。テーマは"わたし"。「どう書いて良いか分からない」と娘は言う。ワイフと実母は「思ったことを書けばよい」というアドバイスを繰り返すだけだったらしい。で、私が帰宅する時間になっても詩が出来ない。当たり前だ。思ったことを書けといわれて書いて詩が出来上がるなら苦労しない。まずは詩を2,3読んでみることだろう。教科書に載っている詩からインスピレーションを得るのはむずかしいだろうから。

自分の本棚から詩集を探す。ゲーテ中原中也などまともな詩集は難しいので外す。すると残りの詩集は、忌野清志郎詩集、moonriders詩集、アメリカの心、ミヒャエル・エンデ詩集になった。とりあえず娘に渡す。キヨシロー詩集は心を捉えるものがあったらしく熱心に読んでいた。果たして小学生に理解できるのかは疑問だが、インスピレーションは沸くだろう。その後、なんとか宿題は終わらせたようだ。その中身は読んでいないが、"ベイベェ〜"とか書いてあれば立派なバンドマンになれるだろう。

エリーゼのために―忌野清志郎詩集

エリーゼのために―忌野清志郎詩集

ワイフは小沢健二の詩(犬は吠えるがキャラバンは進む)を娘に勧めていた。私としてはブルー・ハーツをお勧めしたい。娘は良い迷惑だろう。

去年の今頃の日経新聞の裏表紙(っていうのか)の文化欄に「詩を書く同僚」という四元康祐氏の文章が出ていた。詩人であり同時に企業人でもある彼の文章にいたく感動した。少し長いけどもう一度引用したい。

君は詩的なるものに囲まれて生きていて、たぶん自分では気づかないままに詩を渇望している。まさか、って君は云うだろう、お前みたいに暇じゃないよって。だが僕は知っている、詩は君の奥さんの頭に混じり始めた白髪の先に、入退院を繰り返すお父さんの衰えた足取りに、そしていつの間にか君を追い越してゆく息子の背丈に宿っている。それは意味や言葉を越えた不確かななにかで、君を苛立たせつつ、それゆえに隠されたもうひとつの秩序へと君を誘う。その予感に励まされ慰められることなしに、どうやってこの身も蓋もない現実をやり過ごすことができようか。