言葉の質量

朝目覚めて、娘からチョコレートを頂いた。感謝。阿井渉介「追跡者」を読み始める。記憶喪失モノ。なかなか読ませる構成と筆力。面白い。仕事場でI氏と夜更けまで対話。有意義な言葉を交わす。言葉の質量を感じる。帰宅中に交わした言葉を反芻。自己表現というコトについて再考。「ありのまま」という状態は存在するのだろうか?表現という状態をとった段階で、既に「ありのまま」ではない。表現には常に表現者の意図があるのではなかろうか。自己表現の場合、表現者=自己。自分をどう見せるのか?すなわち、自分はどうありたいのか?という命題になるのではないだろうか。